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2013.04.18 (Thu)

『Green Green 』は反社会的ソングだった!?

新緑に包まれた清々しい季節を迎え心が弾むこの頃ですね。
そこで思い出される曲といえば『Green Green』
私なりに、この曲の歌詞を検証してみました。
あくまでも個人的見解になりますのでご了承下さい。

小学校の時、音楽の授業で習ったという曲という印象が強いですが
原曲はアメリカで『ニュー・クリスティ・ミンストレルズ』という
グループのレコードが'63年に全米14位まで上がるヒットとなりました。
この曲を作ったのは、グループを率いていたランディ・スパークスと
もう1人バリー・マクガイア。
そして、このヴォーカルのバリー・マクガイアさん
メンバーの中で少し浮いていて、ファンキーな方で、なんか怖い…(笑)
それはおいといて、旋律はとても美しく素晴らしい曲です。

51oLPKJvBSL(変換後)

『Green Green 』/ニュー・クリスティ・ミンストレルズ(YouTubeにLink)

日本では童謡・唱歌の部類に入る子供の明るく楽し気な名曲ですね。
ところが実は、原曲の作詞は当時のヒッピー文化を象徴する
『自然回帰』や『既存社会からの脱却』など
社会的なメッセージが強く感じられます。

それでは、原曲の歌詞をご紹介します。


『Green Green 』【ニュー・クリスティ・ミンストレルズ版ー1963年】

1. 生まれたその日にママに言ったのさ
  俺が出てっても泣かないでおくれ
  女のために落ち着く気はないのさ
  俺はただ彷徨い続ける 歌いながら

2. この広い世界に誰もいやしない
  好きなように生きろと言ってくれる奴なんて
  俺は愛に満ちた放浪者
  なあ相棒、小銭を貸してくれないか?
  涙が出てくるよ

3. そうさ いつ日が暮れてもお構いなしさ
  どこだって疲れた頭を横に出来る
  緑あふれる希望の地よ
  谷間にあるのかでこぼこ道か
  そこへこれから辿り付くのさ
  気楽に行こうぜ!


この歌詞から『Green Green』とは自然溢れる地が
彼らの目指す理想郷である事が分かる。


続いて次は日本の訳詞です。
と、言いたいところですが
作詞家の片岡 輝が、子供と父親を題材にした曲が
日本には無いという事で全く違う日本語の歌詞を
勝手に作り替えてしまったのです。
ママがパパになっている!? (笑)
これがNHK『みんなのうた』で1967年4月から放送されて以来
日本の国民的ソングとして広まり、すっかり定着したという訳です。


『Green Green 』【片岡 輝版ー1967年】

1. ある日 パパと二人で語り合ったさ
  この世に生きる喜び そして 悲しみのことを
  グリーン グリーン 青空には 小鳥がうたい
  グリーン グリーン 丘の上には ララ 緑がもえる

2. その時 パパが言ったさ 僕を胸にだき
  つらく悲しい時にも ラララ 泣くんじゃないと
  グリーン グリーン 青空には そよ風ふいて
  グリーン グリーン 丘の上に ララ 緑がゆれる

3. ある朝 ぼくはめざめて そして知ったさ
  この世につらい悲しいことが あるってことを
  グリーン グリーン 青空には 雲がはしり
  グリーン グリーン 丘の上には ララ 緑がさわぐ

4. あの時 パパと 約束したことを守った
  こぶしをかため 胸をはり ラララ ぼくは立っていた
  グリーン グリーン まぶたには 涙あふれ
  グリーン グリーン 丘の上には ララ 緑がぬれる

5. その朝 パパは出かけた 遠い旅路へ
  二度と帰って来ないと ラララ ぼくにもわかった
  グリーン グリーン 青空には 虹がかかり
  グリーン グリーン 丘の上には ララ 緑がはえる

6. やがて 月日が過ぎゆき ぼくは知るだろう
  パパの言ってたことばの ラララ ほんとの意味を
  グリーン グリーン 青空には 太陽笑い
  グリーン グリーン 丘の上には ララ 緑があざやか

7. いつか ぼくもこどもと 語り合うだろう
  この世に生きる喜び そして 悲しみのことを
  グリーン グリーン 青空には かすみたなびき
  グリーン グリーン 丘の上には ララ 緑がひろがる

まず、日本版は原曲と歌詞の内容を
替えるという行為自体が禁じ手とは云えます。
曲調と歌詞またはタイトルの内容を重ねる事は
最低限、音楽においては重要な事で意味を持つと思われます。

曲調と日本版の詞とは相容れず
どう考えても悲しい内容の歌詞なのです。
父の死を前向きに捉えているのは確かで
心情と自然とが上手く融合し胸に訴えかけていて
これはこれで、とても良い歌詞なのですが
あまりにも明るく健やかな曲調とは明らかに違い過ぎます。

しかし、実は自然に帰る父の死を明るく送り出そうという
『自然回帰論』『既存社会からの脱却』は似通っていて
死を悟り覚悟した父の息子に対する遺言にもあるように
『喜び』や『つらく悲しい時』もあるけれど
自然界の中では、ちっぽけで些細な事という精神に辿り着く。

結論的には、英語詞と日本語詞は、表現こそ違えど
伝えたいメッセージは同じなのです。
つまり、『地球(自然)』が父であり母であり
そこに『生きたる物』は、自然に生かされているという事になる。
これは近代の機械文明が発達していく中では
逆行している考えであるかもしれません。
また『この世に生きる喜び』とは
地球(自然)から生まれ自然に戻っていくという考えで
自然に身を委ねる事が『生きたる物の幸せ』であるという事か‥‥
故に、父を『青空』と『丘の上の緑』にも例えている。

よって『Green Green』という曲は両者とも地球(自然)に生かされ
『自然回帰』によって『生きる希望』が溢れゆくという事になるのです。

テーマ : 音楽のある生活 ジャンル : 音楽

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